2012年4月15日日曜日

見栄え(みばえ)

飽きて来た。

巷の噂に飽きて来た。
現実感も、創造性も革新性も、どれもこれも見栄えがしない。

創造性の低い会話も、現実の見方も、それによって作ろうと思う可視化された世界も
どれもこれも今と変わらない。


退屈。

という事でネット鎖国状態になって行く自分。


外で今日は雪解けの早さに驚いた。
毎日土が出てくるエリアの拡大に、大気汚染のスピードを連想させた。
そういえば、最近は工場その他の大気汚染が、放射能汚染で消えてるな。

耳は5デシベルの差で小さい方をシャットアウトするらしい。
より危険な方を優先するシステムに人体はなっている。
そうらしい。

大気汚染ってアトピーの原因だったりしたよね。
アトピーよりガンだし白血病の方が強いから、大気汚染より放射能。
日本だけじゃなく、中国も、ヨーロッパも、どこもかしこも・・・

それ以外は地震に、津波に、ハリケーン。

さてさて、人類はどこを歩んで行くのかね。


全く見栄えがしない。

2012年4月10日火曜日

クマがいるよね

背中に子供をおぶったクマが、
ハアハアいいながら走ってる。


塒の地下部屋に2011年の終わりから、次の年の4月まで居た時に、そのキッチンから観た窓の外に、大量に積もった雪の層が、時間の経過で産まれて来た環境に集積に、雪が乗る時、不思議な瞬間を画像を作り出す事が有る。雪が積もる事で今までとは違ったラインが産まれだし、立体だけのエッジに、繋がり有る「位置」を手助けするだけで、全く想像にしていなかった絵柄を作り出す。

「これは、一体何なんだ?」

「一体、どうゆう方程式なんだ?」

不思議だが、なにげに理解した。



南極の氷が大量に溶けだしている。
それらの中に貯めておいたメディスンを、彼らは放出させだした。
それも、数年前に、数十年を掛けて、いつの時点でもカードを執っておきながら。
我々は最初から手の内ですよ。
彼らの懐で過ごす赤子も同じ。
それはまるで子鹿達と遊ぶメルヘンの世界のようなもの。

今からこそ、真摯さが必要とされている気がする。

あなたにとっての、真摯とはなんでしょう。

私にとっての「真摯」とは、
感謝をいかようにも表す事の出来る生き物であるという事を探す事。

2012年3月31日土曜日

「少し不思議」をどう「認知」出来るか














「言われて気ずく。」じゃ終わってる。

「1言えば、
10わかる。」
この言葉を10代の時に父親にやかましく言われた。
僕に足りなかった事と、進んでほしい思いや苛立から言われていたんだろう。




しかし、今となったらすばらしい指南だったと思う。

一つでは語弊が生まれる時代かもしれない。
雑になって、よりガイドが必要になったのかもしれない。
そのガイドで贅沢できるようになって、
そう仕込んでしまったのかもしれない。


私たちは、自分たちの将来を貪っている気がする。
とりあえず僕はイチヌケです。


小さな美しさは宇宙の躍動を感じさせてくれる媒体。
或る時は「目」に移る「映画」
或る時は「耳」に響く「音楽やリズム」
舌も口もヒゲも髪の毛の根元と先、それに長さだって、
心振るわす大事な媒体。

子供と話す時、いつも僕はその瞳の中に映る自分を観ています。
ナルシストにではなく、僕が知ってる事をこの瞳に移せてるかどうかを観る為です。

この丸い生き物「地球」に、多くの様々な花が咲くように。

2012年3月28日水曜日

意識を形態にするに必要な事

何が美しいのか。

この漠然とした、抽象な質問に、どう答える事が出来るか。


何が美しい のかな。
自分自身に聞いてみて、ふと思う。
「どこに聞く相手が存在しているのか、この自分の中の、何に聞けばいい。」

僕は今まで、自分の記憶と会話していたのか・・・

脳の中の基準点が、不安定になるときに
「狂うかもしれない」恐怖というものを感じた。
が、もう進まないと答えが見つからない。


だから、ゆっくりと、気を確かに持ちながら、
これは「自分の意志で進んでいる」事を認識しながら。



2012年3月24日土曜日

面白い。




この冬、人生で一番スノーボードにはまった。

いや、雪遊びに新しいアイテムができて、大喜びだった。

一瞬、前者だったが、書いていて後者。

より「繊細に観よう」と努力しながら、この冬は過ごす事ができた。



「感」という表現で言われているものに近いし、
そうなのかもしれない。


パウダースノー用に 
sori 「日和」 を作った。
もったいないけど使わなくなったスノーボードの再利用。
実験で2台作った。
1台はシートが長くて板が縦に割れてるスタイルと
シートが短く、板はそのままのスピーディーな1台。

ソリにつきものの「紐」は無い。
ライダーはソリのシート下に凹みがあるのを利用して体重移動させカーブする。
もう少し改良して、今月末実験をしにニセコに行きたい。

氷の作品は、又何かを仕組んでくれているようだ。


このボード、弟子のだった事を知ってはいたものの、
メジャーなシールがこれ見よがしに貼っていて、
そんなに高価なものが買えるとは思いもよらず、
戸惑いも無く切って削ってネジ打ってから、
「・・・・言うの忘れてた・・・」

電話の向こうで、いいですよとは言うものの
「あれ、高かったですもんねぇ〜〜〜〜〜」って
「えっ」
マジものだった。
彼が物作りになる前の、サラリーマン時代に買ったものらしい。

やったね〜〜〜切っちゃったよ〜〜〜それも3分割!

「ちゃんと俺に渡すときに伝えろよ!」と逆に切れちゃった程、
今年のニセコの雪にやられた。
このボードであの雪を味わってみたかった!

そんなライダー用に作ったモノです。



その後二人共通の友人の話になり、その人が明日から東京へ行く事を聞く。

実は僕も、明日から東京1泊2日の結婚式。

すぐ電話したら、又面白い事に・・・・・・

話はどんどん続くんですけど、
めんどくさいからやめます。



「味わいなさい」これが最近よく心の中で響き渡る。

2012年3月4日日曜日

記憶の話

ある日、いつもと同じ様にBar The ICEをオープンさせていたら、
若い人達が5人くらい入って来て、えらく感動していった。
その後に次から次に人が来て、その日もなんとか無事終了。
と思いきや、出口付近で太い氷を折る時に生まれる音がした。
「折り過ぎ注意!」と声をかけ、そのまま運営。

同じ音を聞いていたほかのお客さんが肩をすくめる。
どうして、「壊す」が楽しいのかと言う表情。
「でも、折ってる彼らの顔は、ニコニコしてるんです。」
つまりは「悪意」ではない。

玄関のドアを裏返して終了。


入り口から又中に折り返していくと、通路の影に太いツララが植えてあった。
天井と床との繋の形で置いてある。
その横に盗られた思ったロウソクが並べてあった。
その横に雪を指でなぞって
「Thank's Hiro」
憎しみを持たずにすんで良かった。

嬉しいひとときだった。

2012年2月25日土曜日

記憶の話 友達から家族へ

昨年友人になった人が、今年は18になる息子とニセコにやって来た。


ビレッジの方が一段落して、同時進行で2カ所目のヒラフを作り出したとき、
正直なところ「疲れ」が身体全体を包んでいた。
様々な条件が創作する事、製作する事、想像する事を容易にはしてくれなかった。

心のどこかでは、計算上では「無理」だと決めていた。
でも、作らない訳にはいかない理由がいくつかあった。
それらのプレッシャーは、今回は以外にも力を発揮しなく
ただの作らなかった場合に産まれる「ひと山」にしか過ぎない
そう思えた事が、今回のBar The ICEの違いだろう。

では、何故「無理」と思っているのに「身体」を駆り立て、
「無理」と承知で作れたのか。

それは「何を無理と判断しているのか。」
それを「誰が、そう判断しているのか。」

全ては、「私」であり「私が経験して来た、私の歴史」でしかない事に気づいたからだ。


だとしたら、この判断は、有る意味で「正確」であり
有る意味で「無意味」な判断だと、ふと思えたからだ。

無理なのは、「今までのやり方」を通す事であり
「今までの考え方」を変えれれば「無理ではない」が「産まれるはずだ」

そう考えるきっかけ自体が、
今年の中に入っていたプレゼントだったようだ。


40歳になる友人は、18歳の息子と今は親友の様になっていた。
20代の前半、友人達が遊ぶ時に、子育て、離婚、と経験し
何も楽しい事が無かったと話す彼は、
同じ世代の友人達を見て、様々な感想が浮かぶようだ。

ニセコについて、その日のうちに僕の所に来て、その後の1週間を同じロッジで過ごす中、僕らは何を大事にしているのかを、互いに見る事になる。
そして、互いの家族の表情を毎日見る事で、自分の持ってるフィルターが消えてゆき
ゆっくりと、ちゃんと相手が見えてくる。
帰り際、友人が自分の大切にしているスノーボードの板を僕にくれた。
「ヒロのスタイルではないと思う、でも、一度この板に乗ってもらいたい。
そして感じて貰いたい。この板は趣味には合わないだろうが、素晴らしい板なんだ。
ヒロのイメージを変える為にも、この板を貰ってもらいたい。」

僕は友人に「時間」を貰った気がした。

楽しいをより演出する事に繋がる、このプレゼント。
それは「上質な時間」であり「生産する為の栄養」である「時間」を
彼が僕に贈ってくれた。

ありがとうRob!