2011年1月27日木曜日

物質の反応だ

今作ってるBar The ICEには、いつも驚かされる事が一杯隠されている。

音、照明、どれもこれもが考えた事も無い関係性が有って、

驚く効果が生まれている。


風の通る道が感じられたり、物陰の包み込まれる安心感が有ったり。

日常では感じられない繊細な感覚がこの空間ではうごめきだす。

どうしてうごめきだすのだろう?

なぜうごめきだすのだろう?

今日は香港から来た女性の瞳にやらちゃいました。

美しい。

薄いブラウンの瞳に下からの照明。

2011年1月18日火曜日

毎日が勉強 Bar The ICE 2011




自然の英知を知るには
そこに広がる見慣れた風景が
科学の方程式と数学的な繋がりで出来ている事を感じれないと
見つける事は難しい。

2011年1月4日火曜日

新年を祝った


昨年マカオへ行った。

その前から始まっていた事の、アル意味で答えのようなきがした。

たくじのハワイの仕事もそうだった。

ニックとの話を付けてくれたチャックンありがとう。

藻岩の話を本当に一所懸命に考えてくれた君の心に、






僕はいつも感謝し勇気を今も貰っていますよ石津クン。

マカオと香港上海北京。

アジアだ。

お日様に最初に当たる東のライン。

どうもこのラインは、何か有りそうな予感がする。


新春の感想。

2010年12月10日金曜日

はじまりはじまり

今日恒例になったセレモニーを執り行った。

何日に北海道に入ったのか。
ニセコに何日から作業を開始したのか。
覚えていない。

でも昨日から粉雪が降り出し、今日は久々に大きな結晶が降り出した。
だから、作業も、順序もちょうど良かった。

丁度いい様にやっているから、丁度いいんだろうな。


水を分配する為の装置も、もう15年位使ってる。
毎回どこかかしら壊れていて、その度にメンテナンスをするが
錆び付いてる金物は、なかなか廻ってくれないが、
そんな時に友人達が目の前を通り過ぎ、
手伝ってくれる。

この感覚が今年のBar The ICEだと思う。

2010年10月12日火曜日

kトラフィーバー終了

色々な情報はみんな知ってる。
筏も時計も、野菜も米も。
でも、作れる?

時計に触れる事も、車を運転する事も出来る。
でも、自分で操作方法をゼロから考えられる?

僕らはいまこの「間」に居る事を自覚しているのかな?

そんな事感じて貰いたい。

星空も、海も、風も、暗がりの中、晴れの中で感じ方が違う。


感じ方が違う・・・・・・・ってどう云う事だと思う?


同じものに厚みをつける。


道に絵を描く事も駄目になり、歩道と車道がくっきりと分かれだし、
整理整頓されだして、何かがつまらなくなって来た。


てな具合で仕込んだイベントは、思惑通りの答えにまでたどり着き
僕らは満足。

昨日夜空を見上げながら、裏道に焼き台広げて、寒い寒いと言いながら
タオルでほっかむりしながら焼酎飲んでるオヤジ達になり、
楽しかった話をさせて頂きました。
ほんと皆さん、僕らの思いに付いて来て頂き感謝してます。

知識だけじゃないですよ。
思いだけでもまずいしね。

「軽やかに、しなやかに、したたかに。」
25年前に私の師匠から頂いた言葉です。




さて、引っ越しです。
そして、奥さんのイベントです。
で、北海道北上、BAR THE ICEオープンです。
今年のICEはキラメキが違いますよ。

2010年9月7日火曜日

プラスティックの「ほうき」の艶をみていて

帚『ほうき』今日イギリスの会社ダイソンの掃除機が来た。
イギリス人好みなサンダーバードの様なデザイン。
オーソドックスさと斬新さ、それにポップでスタイリッシュで・・・英国臭い。

ここまでプラステックで出来ていて、エコを感じさせる力。
デザインと仕事ぶり、それに宣伝で出来てる物体なのに・・・
何故か好きなんだよね。
安っぽいプラスティック感が何とも昭和な匂いがして、大好きなんです。
そのブラシについていた馬毛モドキなプラスティックで出来たブラシの堅さやつややかさが僕にはいつも「?」でしたが、なんだか理解出来ないセンスが好きでした。



さて、その帚のブラシにライトが当たり、綺麗なラインナップで踊るハワイアンの女の子様な柄がブラシの束の数分浮き上がったのです。
一列に並んだ小さな光の玉が、
上へ上へとブラシの曲がりを利用した所作で上下するのを見ていて、
ふと炎の強弱に非常に似た形態なような気がした。

もし、木の寿命100年位をカメラで追いかけていたとして、
それを2秒位で見る事が出来たら、地面に生えだした新芽が、あっと言う間に森の巨木へなる為の100年の様に見えるだろうな。と思った。
しかし、その映像をこの1本を「追いかける」にしなくとも、
この森中を数秒の絵で見れたら、
多分それは「緑の炎で緑が焼けてるんだ」と、とても素直に感じれるはず。

時間を入れて観ると言う事の意味は、
「人」に繊細さを教える事になる。

人は固定式カメラの100年で見たらどんなだろう?
広角レンズで一点に焦点が合ってるのと、全部に焦点が合っているのでは?
何が違うんだろう。

人は何を行動から産み出すのか。
ゴミとか無駄とかのレッテルを「生産」と云う事に変えて、
今一度、この100年間を、数秒で見たら、
多分様々な生命を誕生させて来たと思うんですよ。
危機とか恐怖と言われ、認識されてる事柄も、
同じ「生産」と言う事に変えて会話に出せたら。

人間、人類はマサにいきてる事が芸術を作っていると思えるんです。
俯瞰で見る道や町並みはまるで絵と同じ
都会のビル郡は「とげ」の様なファンクなベルト?
ガウディーの作った建物は美しいネックレス
戦争で流されてる血の色は、欲望の唇。
白一色の純真さは・・・・・・僕の仕事を、僕はこうとらえているんです。







こんな発想がいつも僕の中に自然発生してるんですよね。
だから、僕は芸術家だと思いますね。

2010年9月2日木曜日

生命の移行

凄かったね、
海岸で打ち上げられたタコを発見した。


スワ食料!

駆け寄るタケナカ家が目撃したのは
出産をしてる最中のタコだった。


波打ち際に張られた煙幕
何かがたまってる感じで、近寄れない直径2m範囲に、背の低いボダイは入ってしまった。
見えなかったのだろう。

その中にはなんと子供の頭ほどの同体のタコが居たのでした。

そして、そのタコは元気に水を口からピュっと飛ばしたりと、タコ独特なあの動きで実に旨そうだった。
しかし、なんでこんな事になったのかな〜〜と覗いたら
お腹にムリムリと卵の固まりをだっこしていた。

そして、その卵を話したとたんに
このタコの肉と皮が剥がれだし
まるで脱皮のようだった。
あのオーガンジーな虹色の膜。
それもタコの茶色。
それがどんどん伸びて、まるで機織り機から出てくる製品のようだったね
そして皮が剥がれ落ちたら、死んでいる。
あの膜と母体との関係が意味深だったな。
膜生命が母体生命と遊離して行く感じ。
そして、産み落とした卵は膜生命にくるまれ海の中へ。
魚に食べられない様に。
母性は生んだ後母体生命から膜へ移行し、卵を包み込んでいた。
命が移行している感じ
僕らが知ってるタコ。
でも彼らの生命が選択した生き方を、
僕らは無いにも知らない。